東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1446号 判決 1977年1月26日
控訴人(原告) 小松富士雄外三九名
被控訴人(被告) 日本国有鉄道
〔原審〕 静岡地方昭和四二年(ワ)第五〇六、五四〇号・昭和四三年(ワ)第三一、五三号(昭和四八年五月二九日判決、二四巻三号三七四頁参照)
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人らに対し、それぞれ原判決別表(一)債権額記載欄の金員およびこれに対する本件各訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張ならびに証拠関係は、次に附加するほか原判決摘示のとおりであるからこれを引用する。
(控訴人ら代理人の陳述)
控訴人らの本件年次有給休暇(以下年休という。)の請求は何ら被控訴人の事業の正常な運営を妨げる場合には該らない。
すなわち、「現業機関及び職場の名称・担当業務等に関する規程」によれば、機関区の業務は(1)機関車・気動車等及び動力車乗務員の運用(2)機関車・気動車等の運転・検査及び整備(3)気動車列車の組成、電車区の業務は(1)電車等及び動力車乗務員の運用(2)電車等の運転・検査及び整備(3)電車列車の組成、運転所の業務は(1)機関車・電車・気動車及び客車並びに動力車乗務員の運用(2)機関車・電車及び気動車の運転・検査及び整備(3)客電及び貨車の検査及び整備(4)特殊貨物の輸送検査(5)列車の組成及び車輛の入換え、とそれぞれ定められており、控訴人らが本件青年職員研修会に参加しないことが、控訴人ら所属の事業場である右機関区等の業務の正常な運営の妨げとなる事実は全くない。
したがつて、被控訴人が控訴人らの年休請求に対してなした時季変更権の行使は、その効力を生ずる余地はない。
(被控訴代理人の陳述)
被控訴人のした控訴人らの年休請求に対する時季変更権の行使は適法有効である。
被控訴人は公共企業体として、国民の生命・財産を安全かつ迅速に輸送するという使命を有しており、その本来的使命をはたすためには、被控訴人はその職員に対して、その使命を完うするに必要な教育訓練をなすことは当然の責務であり、控訴人ら主張のような機関区等の本来の業務ばかりでなく、それら事業場に所属する職員の労働力の良質化、向上を図るため、本件青年研修会のような職場内教育に参加させることもまた当該事業場における事業の一内容というべきであり、この事業の正常な運営を妨げることを理由とした時季変更権の行使が、適法有効であることはいうまでもない。
(証拠関係)<省略>
理由
一、控訴人らが、被控訴人の職員として雇用され、それぞれ原判決別表(一)勤務箇所欄記載の箇所に勤務し、同表職名欄記載の職務に従事していること、被控訴人が日本国有鉄道法に基づき鉄道事業等を経営する公共企業体であることは、いずれも当事者の間に争いがない。
そして、被控訴人が、控訴人小松富士雄、同望月正則を除くその余の控訴人らについて、その主張する賃金支給日に、それぞれ主張の金額を減額控除してその分を同控訴人らに支給しなかつたこと、はいずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二一号証、同第八二号証によれば、控訴人小松富士雄に支給されなかつた金額は金一、〇八八円であり控訴人望月正則は、減額支給されたものではなく、一たん全額を支給されたのを後日金二、一七五円だけ被控訴人に戻入したものである事実が認められ、これに反する証拠はない。
二、本訴において、控訴人山下正之、同大倉伊都男、同大島健司、同松下哲夫、同市川輝安は、いずれも年次有給休暇(以下年休という。)を請求しないで所定の仕業に従事したとして、控訴人角皆清は一部仕業に従事し、一部年休を請求したとして、右控訴人らを除くその余の控訴人らはいずれも年休を請求したとして、被控訴人のなした賃金減額等の違法を主張するので、以下右主張の年休請求者(控訴人角皆清の年休請求分を含む三五名)および仕業に従事した者(同控訴人の仕業従事分を含む六名)の各別に判断することとする。
三、年休請求者について
(一) 控訴人向井義郎、同天野正志、同大村浩司、同竹村利春、同大石雅弘、同鈴木克育、同榊原将洋、同鈴岡大岳、同鈴木辰男、同志村敏文、同藤田俊一、同角皆清ら一二名が、それぞれ原判決別表(二)記載の伝達者の職氏名欄の者から伝達の日欄記載の日に、被控訴人管下の静岡鉄道管理局が行つた青年職員研修会に参加すべき業務命令を受けたこと(各参加すべき日は原判決別表(一)記載の休暇日に該る。)は当事者間に争いがない。
いずれも成立に争いのない乙第二二、第二三号証、同第三一号証、同第三五、第三六号証、同第三八、第三九号証、同第四一、第四二号証、同第四四ないし第四六号証、同第四八ないし第五〇号証、同第五二号証、同第五四号証、同第五七ないし第五九号証、同第八三号証、同第八五号証、同第八八、第八九号証、同第九一号証、同第九六ないし第九九号証、同第一〇三、第一〇四号証、同第一〇七号証、同第一一四、第一一五号証、同第一一七号証、同第一一九号証、原審証人谷水治策の証言から真正に成立したものと認める乙第三〇号証、同高須亮一の証言から真正に成立したものと認める同第五六号証、同渡辺栂作の証言から真正に成立したものと認める同第八一号証、同寺田俊孝の証言から真正に成立したものと認める同第八六号証に右各証人の証言を総合すれば、前記控訴人らを除く控訴人ら二三名が、前同様原判決別表(二)記載のとおり、それぞれ青年職員研修会に参加すべき業務命令を受けたことが認められ、原審ならびに当審における控訴人丹羽康夫本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲証拠と対比してこれを措信せず、他に右認定を左右するに足りる資料はない。
(二) 控訴人丹羽康夫、同大場浩、同望月正則、同鈴木辰男を除く控訴人ら三一名が、その主張の休暇日につき年休を請求したこと(ただし、控訴人角皆清は午後のみ)、右控訴人らを含む控訴人三五名が、各休暇該当日(原判決別表(一)のとおり)に年休であるとして前記青年職員研修会に参加しなかつた事実は当事者間に争いがない。
いずれも成立に争いのない乙第四三号証、同第四八号証、同第五〇、第五一号証、同第五五号証、前顕乙第八一号証、原審証人建守幸二の証言から真正に成立したものと認める乙第一〇八号証によれば、原判決別表(一)記載の休暇日のうち、控訴人丹羽康夫は昭和四二年九月一九日分については年休を請求したが、同月二〇日については公休であるとして上司の公休日の振替え指示に従わず、また、年休の請求もしなかつたこと、控訴人大場浩は研修前日である同年一〇月一〇日には年休を請求したが同月一一・一二日については年休の請求をしなかつたこと、控訴人望月正則は同月一一日の分は年休の請求をしたが同月一二日の分については請求をしなかつたこと、控訴人鈴木辰男は同年一一月二九・三〇日の両日とも年休を請求しなかつたことがそれぞれ認められる。原審ならびに当審における控訴人丹羽康夫、同大場浩、同鈴木辰男各本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲証拠に対比して措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(三) 控訴人らは、国鉄動力車労働組合静岡地方本部(以下動労静岡地本という。)と静岡鉄道管理局との間で、右青年職員研修会には、参加を承諾した者に対してのみ業務命令を出して参加させることとし、参加を希望しない者には業務命令を出さないこととする趣旨の協定が成立していると主張し、成立に争いのない甲第一号証の記載、原審ならびに当審証人堀武雄の証言中には右主張にそう部分もあるが後記各証拠と対比して直ちにこれを信用することはできず、他に右主張事実を認めさせるに足りる証拠はない。かえつて、原審証人五十嵐富太郎、同河合啓三、同寺田俊孝の各証言によれば、青年職員研修会に組合員を参加させることに反対していた動労静岡地本の申入れにより、静岡鉄道管理局側においては、動労所属組合員に研修会参加を命ずる際には、特に係員から研修会の趣旨・内容等を説明して参加を説得するように努めることとしたものであつて、説得に応じた者のみを参加させ、応じなかつた者には業務命令を出さない旨取り決められたものではない事実が認められるから、控訴人らの右主張は採用できない。
(四) 控訴人ら公共企業体職員に労働基準法の適用があることは争いのないところであるから、前記控訴人らのした年休の請求が当該労働日について効力を生じたかどうかが主要な争点となるが、右年休の請求が、被控訴人の実施した青年職員研修会へ参加すべきものとされた日になされたことから当事者間において、種々その効力が争われているのでまずこの青年職員研修会(以下単に研修会という。)の内容および研修会への参加を命じた業務命令の効力について判断することとする。
1 成立に争いのない甲第二〇号証、原審証人松下孝一の証言から真正に成立したものと認める乙第一号証、同第四号証、同高橋義太郎の証言から真正に成立したものと認める同第二号証と、右各証言を総合すれば、次の事実を認めることができる。
すなわち、静岡鉄道管理局は、管内における鉄道死傷事故の多発に鑑み、昭和四二年八月ころ、職員管理規程に基づき、職員に対する職場内教育の一環として、青年職員に安全意識を涵養させるとともに、規律正しい共同生活を体験させ、心身ともに健全な職員を育成することを目的として、昭和四二年度青年職員研修会の実施を計画し、その主たる内容は、「(1)静岡県社会教育施設である静岡県立焼津青少年の家を利用し、一回の研修期間は一泊二日とする。(2)対象者は静岡鉄道管理局管内の年令二五才以下の男子職員で鉄道学園初等科程終了者等とし、参加人員は一回四二名宛として前後一三回に分けて実施する。(3)研修目的は青年職員に共同生活を体験させ、心身ともに健全な職員を育成することを主眼とし、専任安全管理者および業務別安全管理者による安全講座および安全座談会を実施する。(4)受講者の勤務は出張扱いとし、旅費日当を支給する。」というものであり、その具体的な研修日程は
(第一日)
一三・〇〇分~一三・三〇分 入所式 主催者および所長挨拶、入所中の遵守事項伝達
一三・三〇 ~一五・〇〇 講話 青年の家所長
一五・〇〇 ~一六・〇〇 レクリエーション 体操・歌唱その他
一六・〇〇 ~一六・四〇 オリエンテーション 自己紹介・青年の家講師指導
一六・四〇 ~一七・〇〇 夕べの集い 国旗降納
一七・〇〇 ~一九・〇〇 夕食・入浴 班別に入浴する
一九・〇〇 ~二一・〇〇 キャンドルサービス 火を囲んで演芸などを行う
二一・〇〇 ~二二・〇〇 自由時間
二二・〇〇 就寝・消灯
(第二日)
六・三〇 起床 寝具整理・洗面
七・〇〇 ~ 七・四〇 朝の集い 国旗掲揚・体操・清掃
七・四〇 ~ 八・三〇 朝食
八・三〇 ~ 九・三〇 安全座談会
九・三〇 ~一一・〇〇 レクリエーション 体操・歌唱その他
一一・〇〇 ~一二・〇〇 自由時間 あとかたづけ・清掃
一二・〇〇 ~一三・〇〇 昼食
一三・三〇 解散 焼津駅前
というものであつたこと、右研修に際してはその都度管理局において予め作成した青年職員安全研修講座資料を配布するとともに、管理局の安全関係所管の担当係員が出席して安全意識昂揚に役立つ安全講義等を行うことにしていたこと、右研修日程のうち国旗掲揚等は、右研修会場である焼津青少年の家の日課表に定められていたもので、同施設を利用する場合には日課に組入れることとされているものであること、以上の各事実が認められ、この認定を左右するに足りる資料はない。
2 控訴人らは、右研修会への参加を命じた被控訴人の業務命令は、労働契約上の義務となつていない事項についてなされたものであるから無効であると主張する。
およそ使用者が、その雇用する労働者との間の労働契約に基づき、当該労働者が労働力の自由処分を許諾した範囲内において、業務命令をもつてその業務に関する一定の指示命令をなし得ることはいうまでもないところである。
そして、右業務に関する指示命令には、直接現在の担当業務の遂行に関する事項、現在の業務遂行のために必要な規則、規程等の修得、または技術、技能それ自体およびその向上に必要とされる教育訓練、研修等への参加、労働者の労働力を良質化し、向上させるための研修参加等をも含むものと解するのが相当である。もつとも、このことは企業等の要請のままに人間開発、人格形成をなす義務までを労働者に課することを意味するものでないことはいうまでもないから、専ら人格陶冶を目的とする教養教育などは一般的には業務命令をもつてその受講を命じ得ないものというべきである。
ところで日本国有鉄道が、公共企業体として行う事業である鉄道輸送に際し、高度の安全を確保しなければならないことはいうまでもないところであり、その職員もまた業務の遂行にあたり安全の確保のために万全を期さなければならないことは職務上の義務というべきである(甲第二一号証、日本国有鉄道就業規則第五条の二参照。)。したがつて、国鉄職員の場合には、安全に関する教育啓蒙のための研修を受けることも業務遂行に直接必要なものとして当然に労働契約の内容に包含されるものと解することが相当である。
しかして、本件研修会の目的および内容は前認定のように、職員管理規程に定められた職場内教育の一環として、安全意識の涵養、規律ある共同生活の体験等を目的として行われたものであるから、職員に対し業務命令をもつてこれに参加することを命じ得るものと認めるのが相当である。もつとも、研修会が、控訴人ら主張のようにレクリエーション的な色彩を帯びていたこともまた前認定のところから否定できないところであるが、主たる目的が前示のとおりである以上その内容においてスポーツ・演芸等のレクリエーション的な要素を含むものであつたとしても、これをもつて直ちに業務命令をもつて命じ得る研修の範囲を逸脱したものということはできない。
したがつて、研修会への参加を命じた被控訴人の業務命令は適法であり、この点に関する控訴人らの主張は採用し得ない。
3 控訴人らはまた、本件研修会は国旗掲揚、君が代斉唱など個人の思想・信条の選択を迫る内容をもつものであるから、これへの参加を命ずる業務命令は憲法第二一条に違反するものとして無効である。また、右研修会は、いわゆるマル生運動と同質のものであつて不当労働行為の意思をもつてなされたものであるから無効である、旨主張するけれども、本件研修に際して行われた国旗の掲揚等は、前認定のように研修のための会場として被控訴人が利用した焼津青少年の家が日課として行うものに過ぎず、被控訴人において殊更に思想教育・思想攻撃を意図して実施したものということはできないばかりでなく、右日課行事の部分への参加が強制されていたものとも認められないので、研修会への参加を命じたことが憲法第二一条に違反するということはできないし、また本件にあらわれたすべての証拠資料によつても、被控訴人が不当労働行為の意思をもつて研修会を実施したものと認めるには足りないから、控訴人らの右各主張はいずれもこれを採用することはできない。
4 原審証人堀武雄の証言から真正に成立したものと認める甲第三、第四号証、同第七号証、同第九号証、同神谷鎮の証言から真正に成立したものと認める甲第八号証、同藤木昭の証言から真正に成立したものと認める甲第一一号証、同梅村均の証言から真正に成立したものと認める甲第一二号証、同大澄晋一の証言から真正に成立したものと認める甲第一三号証、同岡田哲良の証言から真正に成立したものと認める甲第一五号証ならびに右各証言中上記各認定に反する部分は、いずれもこれを採用しない。
(五) そこで、右のような研修会への参加を命じられた控訴人らが、研修に参加すべきものとされた日についてなした年休請求の効力について判断することとする。
1 被控訴人は、控訴人らのした年休の請求は、非代替的業務の提供が予定されている業務上の出張命令が出されている日についてなされたものであるから年休請求の効力が生じない旨主張する。しかし、非代替的業務の提供が予定されている日であるからといつて、直ちに年休請求が許されず、これをしても効力を生じないものと解すべき根拠はない。むしろ労働基準法第三九条第三項が年休の時季の決定を第一次的に労働者の意思にかからしめ、同項但書の事由が客観的に存在する場合にはじめて使用者に時季変更権の行使を許すものと定めている趣旨からみれば、たとえ同項但書所定の「事業の正常な運営を妨げる場合」であることが事前に客観的に明らかである場合であつても、直ちにこのことから労働者のなす年休の請求が無効となるものではなく、このような場合においても使用者の時季変更権の行使があつてはじめて当該労働日についての年休の請求が効力を失うものと解すべきであるから、控訴人らの年休請求が効力を生じない旨の被控訴人の主張は採用し得ない。
2 被控訴人は、控訴人らのした本件年休の請求は、動労静岡地本の指令に基づき、青年職員研修反対という要求貫徹の手段としてなされた争議行為であり、このように争議行為としてなされた年休の請求は、その制度の趣旨と相容れないものとして許されない、仮りにそうでないとしても、もつぱら研修会の開催に反対し当局の従業員教育を妨害することを目的とするもので、年休の取得それ自体が目的ではなく、当局を困らせることだけを目的としたものであるから権利の濫用である旨主張する。
控訴人ら所属の動労静岡地本が、静岡鉄道管理局長に対し青年職員研修会の開催は組合側に対する思想攻撃、組織分断攻撃であるとして、断固反対の立場を明らかにし、即時中止方を申入れ、さらに被控訴人主張のように研修会参加拒否の体制を確立して闘うことを決定して各支部に各種の指令を発し、研修参加を命ぜられた組合員の年休行使による研修会参加拒否を呼びかけたこと、控訴人らが右指令に基づいて年休を請求したものであること、はいずれも当事者間に争いがない。
しかしながら、労働基準法第三九条第一、二項に定める年次有給休暇は、これをいかなる目的に利用するかはもつぱら労働者の自由に委ねられているところであつてその行使が、争議の目的達成の意図をもつて同盟罷業等の手段としてなされ、もはや年休請求というに値しないような場合であれば格別、前示のように単に研修参加を命ぜられた各所属の事業所を異にする一部特定の労働者が各個別に研修参加を拒むための手段として年休請求権を行使したに過ぎない本件においては、かりに右年休請求が組合の掲げる争議目的の達成に合致するものであるとしても、これを年休に名を藉りた争議行為であると評価し、この故に年休請求を無効ならしめるものとすることは相当ではなく、したがつて、またこのことを目して権利の濫用ということもできないから、この点に関する被控訴人の主張はいずれもこれを採用し得ない。
(六) 前顕乙第二三号証、同第五六号証、同第五八号証、同第八一号証、同第九七、第九八号証、同第一一四号証、いずれも成立に争いのない乙第二六号証、同第二八、第二九号証、同第三四号証、同第三七号証、同第四三号証、同第四七号証、同第五二号証、同第六二号証、同第六四、第六五号証、同第八四号証、同第八七号証、同第九二号証、同第一〇五号証、同第一一六号証、同第一一八ないし第一二〇号証、原審証人内田久一の証言から真正に成立したものと認める乙第二五号証、同谷水治策の証言から真正に成立したものと認める同第三二号証および同第一〇一号証、同高須亮一の証言から真正に成立したものと認める同第四〇号証、同寺田俊孝の証言から真正に成立したものと認める同第五三号証、同槫松利男の証言から真正に成立したものと認める同第六〇号証および同第九〇号証、同建守幸二の証言から真正に成立したものと認める同第九三号証、同第一〇二号証および同第一二二号証、同佐藤嘉則の証言から真正に成立したものと認める同第九五号証によれば、被控訴人は原判決別表(三)記載のとおり、年休を請求した控訴人らに対し、同表記載の告知者の職氏名欄の職にある者から告知の日時欄記載の日時に、それぞれ当該年休の請求に対し「その日は研修会出席のための出張になつているから年休を与えられないので他の日に請求して貰いたい」旨を告知して、いわゆる時季変更権を行使した事実が認められる。原審における控訴人江川三夫、同八木健雄、同藤田俊一、同草野利人、同望月正則、同大石勝雄、同永田芳男、同堀正己各本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲証拠と対比してこれを措信せず、他に右認定を左右するに足りる資料はない。
そこで、被控訴人のした右時季変更権の行使が有効であるかどうかについて判断するに、労働基準法第三九条第三項但書により使用者が時季変更権を行使し得るためには、年休の請求が当該労働者の所属する事業場における事業の正常な運営を妨げる場合であることが客観的に明らかであることを要するところ、右事業には当該事業場の通常の業務それ自体は勿論、事業遂行上必要とされる直接間接の業務をも含むものと解するのが相当であり、鉄道輸送を主たる事業とする被控訴人において、その安全の確保を目的として職員に対して行う安全研修等の職場内教育もまた被控訴人の事業の遂行上必要な業務というべく、したがつて、控訴人ら所属の事業場である機関区、運転所、電車区の業務が、控訴人ら主張のとおり定められていることは被控訴人の明らかに争わないところではあるが、右各事業場がその業務の遂行上必要とされる安全研修に所属職員を参加させることも当然その事業場における事業に該るものとみるのが相当である。
そして、当該事業場において、特定の職員を指名して右安全研修に参加させることは、当該職員をして非代替的な業務の遂行を命じたものであつて、かような非代替的な業務の遂行を命じられた者をして研修に参加させることそれ自体が事業場における事業の正常な運営を図ることにほかならないから、控訴人らが、本件研修会に参加すべきことを命ぜられた日に年休を請求することは、客観的に所属事業場における事業の正常な運営を妨げる場合に該るものとして、被控訴人において時季変更権を行使することを許されるものと認めるのが相当である。
したがつて、被控訴人が前示年休を請求した控訴人らに対してなした時季変更権の行使は有効であり、右控訴人らのした年休の請求はその効力を生じなかつたものというべく、それにもかかわらず、右控訴人らは年休であるとして研修会にも参加しなかつたのであるから、その賃金を減額した被控訴人の措置は適法であり、同控訴人らの本訴請求は理由がない。
(七) また、控訴人丹羽康夫、同望月正則は、各一日、同大場浩、同鈴木辰男は各二日間についてそれぞれ年休の請求をせず、また研修会にも参加していなかつたことは前示のとおりであるから、該当日について賃金請求権が発生しないことはもちろんであつて、これを減額した被控訴人の措置に違法の廉はなく、同控訴人らの本訴請求も理由がない。
四、仕業に従事した者について
(一) 控訴人山下正之、同大島健司、同市川輝安、同角皆清がそれぞれ原判決別表(二)記載の伝達者の職氏名欄の職にある者から伝達の日欄記載の日に本件研修会への参加を命ずる業務命令を受けたこと(各参加すべき日は原判決別表(一)記載の乗務日または休暇日および乗務日に該る。)は当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第七一号証、同第一〇九号証、原審証人大嶽利雄の証言によれば、控訴人大倉伊都男、同松下哲夫に対してもそれぞれ前記控訴人ら同様の日時方法で右研修会に参加すべきことを命ずる業務命令が伝達された事実が認められ、この認定を履すに足りる証拠はない。
(二) 前顕乙第七一号証、同第一〇九号証、同第一二二号証、いずれも成立に争いのない乙第六八号証、同第七七、七八号証、同第一一〇ないし第一一三号証、同第一二一号証、原審証人河合啓三の証言から真正に成立したものと認める乙第六七号証、同佐藤嘉則の証言から真正に成立したものと認める同第六九号証、同坂野隆の証言から真正に成立したものと認める同第七〇号証、同大嶽利雄の証言から真正に成立したものと認める同第七二号証および同第七六号証、同永山和一の証言から真正に成立したものと認める同第七三号証および同第七五号証、同内田利夫の証言から真正に成立したものと認める同第七四号証、同神谷利郎の証言から真正に成立したものと認める同第七九号証、同福地俊男の証言から真正に成立したものと認める同第八〇号証に右各証言を総合すると、右控訴人山下正之、同大島健司、同市川輝安、同角皆清、同大倉伊都男、同松下哲夫の右研修会に参加すべき日については、被控訴人は予め他の代務者を指定充当し、その者によつて右控訴人らの行う業務を代替して行わせることに変更されていたのに拘らず、右控訴人らは殊更に右業務命令を無視して研修会に出席せず、変更されている業務に就こうとした(ただし、控訴人角皆は午前中のみ)事実が認められ、右認定を左右するに足りる資料はない。
(三) 控訴人らに研修会への参加を命じた業務命令が有効であることは既に判断したとおりであるから、控訴人らにおいて右業務命令に反して右のごとく仕業に就き、或いは就こうとしたとしても、これは労働契約に基く債務の本旨に従つた履行の提供とはいえないことが明らかであり、勤務に従事しなかつたものとして賃金請求権を発生する余地はないものというほかはない。
したがつて、右控訴人らの本訴請求はそのほかの点について判断するまでもなく理由がない。
五、よつて、控訴人らの本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべく、これと同旨の原判決は相当であつて、本件各控訴はすべて理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 江尻美雄一 滝田薫 桜井敏雄)